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大阪地方裁判所 昭和33年(行)66号 判決

原告 高浜兵治

被告 大阪府東府税事務所長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し昭和三三年二月二五日附でなした税額金一〇三、三一〇円の不動産取得税賦課決定はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、被告は昭和三三年二月二五日附で原告に対し、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)について税額一〇三、三一〇円の不動産取得税賦課決定をなし、右決定は原告に通知されたが、原告は右決定を不服として同年三月二八日被告に対し地方税法第七三条の三三に基き異議の申立をなしたところ、同年八月一五日右異議の申立は棄却された。

二、しかしながら本件賦課決定は次に述べるとおり違法である。

すなわち、

(一)  原告は本件不動産の所有者であるが、原告が代表取締役になつていた訴外丸高商事株式会社(以下訴外丸高という)が訴外滝清織物合資会社(以下訴外滝清という)と昭和二九年一月二〇日頃商取引を初めるに当り、将来取引によつて発生することあるべき債務に対し、原告所有の本件不動産に根抵当権を設定することとし、抵当権設定登記に必要な委任状及び印鑑証明書を訴外滝清に交付したところ、訴外滝清は、かねて訴外丸高が買掛代金債務の支払のため交付した訴外キングストンカラー株式会社振出の約束手形が昭和二九年七月五日不渡となるや、原告の意思に基かず勝手に前記委任状及び印鑑証明書を利用して同年七月一〇日大阪法務局受付第一四六九六号を以て同年一月一五日売買を原因とする所有権移転登記手続をなした。

そこで原告は訴外滝清に対し厳重抗議を申入れ、種々接渉の結果、訴外滝清は右所有権移転登記を抹消し、当初の約定どおり抵当権の設定登記をすることに同意したので、昭和三一年三月二七日、大阪簡易裁判所昭和三一年(イ)第三八五号和解事件において、その旨の和解調書が作成せられ、右和解調書により前記所有権移転登記は抹消登記せられ、これに代り金一、二三九、五八六円の債権に対する抵当権設定登記手続がなされた。

右のとおり前記所有権移転登記は何等原告の意思に基かず、訴外滝清が勝手になした無効の登記であり、それなればこそ原告は訴外滝清にこれを抹消せしめたのであつて、実質的に何等所有権移転の事実はなかつたのであるから、被告が原告に対してなした本件賦課決定は違法であつて取消を免れない。

(二)  仮りに原告と訴外滝清との間において、本件不動産について譲渡担保契約がなされ、その結果前記所有権移転登記手続がなされたとしても、譲渡担保は形式的には所有権移転があるけれども、内部的には何等財産権は移動しないのであつて、その実質は抵当権もしくは代物弁済予約と異るところがないのであるから、これに課税することは実質課税の原則を破るものである。従つてかかる場合においては地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号)第七三条の七第三号第四号を類推適用して非課税となすべきであるから、この点においても本件賦課決定は違法である。

被告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告の請求原因事実中第一項は認める。第二項中、訴外滝清が原告所有の本件不動産について原告主張の日その主張するような所有権移転登記手続をなしたこと、原告と訴外滝清との間において原告主張の日その主張のような和解調書が作成され、右和解調書に基き右所有権移転登記は抹消登記され、原告主張のような抵当権設定登記手続がなされたことは認めるが、その余の事実は全部否認する。

二、本件賦課決定は適法であつて何らの違法もない。

原告が代表取締役である訴外丸高は訴外滝清より繊維製品を買受け商取引を続けていたが、右取引から生じ、あるいは将来生ずる取引上の債務を担保するため、原告は昭和二七年八月一日訴外滝清に対し、本件不動産のうち宅地一筆と家屋番号第三八番の二及び第四四番の建物二棟を譲渡担保として提供し、ついで昭和二九年一月一五日本件不動産のうち家屋番号第五六番の建物を追加して譲渡担保として提供し、登記に必要な権利証、売渡証書、委任状、印鑑証明書を交付したところ、訴外滝清は訴外丸高との間の取引の決済として訴外丸高より交付をうけた訴外キングストンカラー株式会社振出の約束手形が昭和二九年七月九日不渡となつたので、譲渡担保として受取つた本件不動産について原告主張のような所有権移転登記を経由したのである。

右のように訴外滝清は譲渡担保により本件不動産の所産権を取得したので、原告は国税として不動産譲渡所得税及び再評価税を課せられ、訴外滝清は被告より不動産取得税を課せられたが、原告は納税を怠つているうち滞納処分をうけ、他方訴外滝清からは右不動産取得税を原告において負担するよう要求されたので、原告と訴外滝清とは先に譲渡担保契約によつて訴外滝清が取得した本件不動産の所有権を原告に移転することとし、訴外丸高の訴外滝清に対する残存債務を被担保債権として本件不動産につき順位第一番の抵当権を設定する旨の合意をなした。本来ならば先に譲渡担保によつて所有権の取得登記をしている訴外滝清より原告に対して所有権移転登をなした上、これに抵当権設定登記をなすべき筈のところ、訴外滝清、同丸高、原告等はいずれも先になした所有権の移転と後に取戻した所有権の移転の前後二回に亘る不動産譲渡所得税等の国税ならびに不動産取得税を免脱せんとする共通の意図のもとに、訴外滝清の所有権移転登記を抹消登記する方法によつて新たに原告が所有権を取得した事実を公示するため、原告主張の日にその主張のような和解調書を作成し、右和解調書に基き所有権移転登記の抹消登記手続をなすとともに原告主張のような抵当権設定登記手続をなしたものである。

従つて、訴外滝清は原告より本件不動産の所有権を譲渡担保により有効に取得し、これが所有権移転登記手続を了し、ついで訴外滝清より原告に有効に所有権の移転があり、これが公示方法として登記簿上先になされた所有権移転登記の抹消登記手続によつたのであるから、被告がこの不動産所有権の移転の事実を捉えて原告に対し本件不動産取得税賦課決定をなしたのは適法であつて、いささかも違法はない。

(証拠省略)

理由

被告が昭和三三年二月二五日附で原告に対し、別紙目録記載の不動産(以下本件不動産という)について税額一〇三、三一〇円の不動産取得税賦課決定をなし、右決定が原告に通知されたが、原告が右決定を不服としてその主張する日にその主張するような異議の申立を被告に対してなしたところ、同年八月一五日右異議の申立が棄却されたことは当事者間に争がない。

そこで本件賦課決定が違法であるかどうかについて判断する。

成立に争のない乙第一号証、第三号証、第五、六号証、証人鈴木三郎の証言により真正に成立したと認める乙第四号証、証人鈴木三郎、同植田宏の各証言により原本の存在ならびに真正に成立したことを認めうる乙第七号証ないし第九号証、原本の存在ならびに成立について争のない乙第一〇号証ないし第一七号証と右各証言ならびに証人磯部明、同仁藤一の各証言によれば、訴外丸高商事株式会社(以下訴外丸高という)が昭和二七年八月一日訴外滝清織物合資会社(以下滝清という)より繊維製品を買受ける商取引を開始するに当り、訴外丸高の代表取締役であつた原告は、訴外滝清の大阪出張所長であつた鈴木三郎の要求により、右取引から生じ、あるいは将来生ずる取引上の債務を担保するため、原告所有の本件不動産のうち宅地一筆と家屋番号第三八番の二、第四四番の建物二棟の権利証書、売渡証書、原告の署名捺印ある登記用白紙委任状(乙第二号証)、原告の印鑑証明書、「拙者所有に係る本証書末尾表示物件を今般貴殿へ左の目的を以て別紙建物売渡証書を相添え御渡仕候、貴殿と拙者(甲)又は丸高商事株式会社(乙)との取引或は甲又は乙の紹介による貴殿と第三者との商取引に於て手形不渡その他契約不履行等により貴殿に損害を相掛け候場合には下記物件を自由に御処分相成り損害の填補に充当下され候も聊も苦情異議等申す間敷候也。仍て為後日抵当証書如件」と記載ある原告の署名捺印せる念書と題する書面(乙第七号証、同号証には家屋番号第六八番の二とあるが家屋番号第三八番の二の誤記と認める)を右鈴木三郎に交付したこと、その際原告と右鈴木三郎との間において右物件について念書と題する書面(乙第七号)に記載されている同一の事項について合意が成立したこと、ついで原告は昭和二九年一月二〇日頃右と同一の目的のために本件不動産のうち家屋番号第五六番の建物の権利証書、売渡証書、昭和二九年一月一八日附の原告の印鑑証明書(乙第三号証)を右鈴木三郎に交付したこと、訴外滝清は訴外丸高との間の取引の決済として、訴外丸高より、訴外キングストンカラー株式会社振出の約束手形四通、原告振出の約束手形二通、訴外丸高振出の約束手形二通(乙第一〇号証ないし第一七号証)等の交付をうけていたが、訴外キングストンカラー株式会社振出の約束手形一通(乙第一〇号証)が昭和二九年七月九日不渡となつたので、訴外キングストンカラー株式会社が不渡手形を出して倒産必至とあれば、訴外丸高も倒産することが予測され、訴外丸高の債権者より本件不動産が処分されるにおいては、当時訴外丸高に対して有していた約二、五〇〇、〇〇〇円の売掛代金債権の回収が困難となるところから、本件不動産の権利証書、原告の署名捺印ある登記用白紙委任状(乙第二号証)、昭和二九年一月一八日附の原告の印鑑証明書(乙第三号証)等を使用して同年七月一〇日大阪法務局受付第一四六九号を以て同年一月一五日売買を原因とする所有権移転登記手続をなしたこと(右のような所有権移転登記手続がなされたことは当事者間に争がない)、原告は、訴外丸高の訴外滝清に対する約二、五〇〇、〇〇〇円の買掛代金債務のため、原告所有の本件不動産の所有権が登記簿上明確に訴外滝清によつて取得され、国税として不動産譲渡所得税が賦課されたので、その善後策として訴外滝清に交渉したが、訴外滝清からは訴外滝清の訴外丸高に対する右売掛代金債権を解決すること、そのためには不渡手形を出した訴外キングストンカラー株式会社の問題を解決するのでなければ問題にならないとの意向を示されたので、原告は訴外キングストンカラー株式会社に対する債権取立を弁護士仁藤一に委任し、漸く昭和三〇年九月頃右訴外会社との間に分割弁済の調停が成立したこと、そこで原告はさらに弁護士仁藤一に委任して訴外滝清との交渉に当らしめた結果、昭和三一年一月頃原告の代理人仁藤一弁護士と訴外滝清の代理人白石弁護士との間において、訴外滝清が本件不動産についてなした前記所有権移転登記はこれを抹消登記すること、原告は訴外滝清に対し前記買掛代金債務のうち一、二三九、五八六円を分割弁済し、本件不動産につき順位第一番の抵当権を設定することの合意が成立したこと、右合意に基き原告と訴外滝清との間に昭和三一年三月二七日原告主張のような和解調書が作成せられ、右和解調書により前記所有権移転登記は抹消登記せられ、本件不動産について金一、二三九、五八六円の債権に対する抵当権設定登記手続がなされたこと(この点は当事者間に争がない)以上の事実が認められる。この認定に反する証人鈴木三郎、同仁藤一の各証言の一部及び原告本人尋問の結果は採用できず、他にこれを動すにたりる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、訴外丸高の訴外滝清に対する取引から生じ、あるいは将来生ずる取引上の債務を担保するため、昭和二七年八月一日訴外滝清との間に譲渡担保契約を締結し、右契約に基き原告所有の本件不動産の所有権を訴外滝清に譲渡したものと認めるのを相当とするから、昭和二九年一月一五日売買を原因とする前記所有権移転登記は所有権変動の原因を真実に示すものではないが、現在の権利状態に符合する以上、なおこれを有効と認むべきであり、原告が訴外滝清との間においてその負担する債務の弁済方法について和解が成立し、その結果前記所有権移転登記が抹消登記せられるとしても、実質的法律関係において訴外滝清より原告に本件不動産の所有権が移転したわけであるから、地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号)第七三条の二にいわゆる「不動産の取得」に該当し、不動産取得税の賦課は免れない。

しかるに原告は、原告より訴外滝清に対し譲渡担保により本件不動産の所有権の移転が行われたとしても、内部的には移転しないのであるから、実質課税の原則に照らし、地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号)第七三条の七第三号、第四号を類推適用して非課税となすべきである旨主張するが、信託法にいう信託にあつては、受託者は信託の利益を享受することが禁ぜられ(信託法第九条)、信託財産について権利を取得することは原則として許されない(同法第二二条)のに対し、いわゆる譲渡担保にあつては、その財産権の移転をうける者がその財産権によつて自己の債権を保護し、その財産権の利益を享受するのであつて、その財産権移転の公示方法も異るのであるから(信託法第三条、不動産登記法第一〇四条の二ないし一五)、地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号)第七三条の七第三号、第四号は、実質課税の原則に照らし、信託法にいう信託について、これを不動産取得税の課税の対象から除外しているのであつて、右法条にはいわゆる譲渡担保を含む広義の信託については、これを包含しないものと解するを相当とするところ、本件は有効な譲渡担保契約により訴外滝清に移転した本件不動産の所有権を合意に基き再び原告に移転した関係であるから、改正後の地方税法(昭和三六年法律第七四号)第七三条の七第七号、同法第七三条の二七の二の各規定に照らしてみても、改正前の地方税法(昭和二五年七月三一日法律第二二六号)第七三条の七第三号第四号を適用し、ないしはこれを類推適用すべきでないと解するを相当とする。従つて原告の右主張は採用しない。

以上説示したとおり、被告が原告に対して昭和三三年二月二五日附でなした税額一〇三、三一〇円の不動産取得税賦課決定には何らの違法、不当のかどはなく、適法であるから、これが取消を求める原告の本訴請求は理由のないものとして棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 阪井いく朗 浜田武律)

(別紙目録省略)

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